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介護タクシーコラム

ガテン系介護タクシーの記憶…

タクシー, 介護

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その昔、材木屋さんに訪問していた事がある。やり手のご主人は近代的(とまではいかないか)な倉庫を作り上げ、倉庫の上を住居にしていた。

少し前までは活気があったであろう倉庫は、ご主人が病に倒れ、跡継ぎもなく、ひっそりと静まり返っていた。夏場にはヒンヤリとした空気が漂い、倉庫独特のコンクリートの匂いや材木の香りが不思議な安らぎを与えてくれる空間だった。

エベレスト無酸素登頂を毎日やっているようなもの

2階に居を構えるご主人は胸の病気を患い、在宅酸素をしていた。かなり重度で酸素はほぼ最大量を使い、酸素マスクからはシューシューと騒がしい音がいつもしていた。酸素飽和度(血液の中にどのくらい酸素が行き渡っているかがわかる)を計る小さな機械を看護師は持ち歩いているが、毎度まいど驚くほど低い数値で計っているこっちが苦しくなる程だった。

ベッドから起き上がることはもちろん、寝返りを打つことも苦しくて容易にはできず。愛はあるが威勢のいい奥さんは「そのくらいできてもいいのに。」と、いつもぶつくさ言っていた。「いやいや、こりゃ無理だよ。そうだなぁ~エベレスト無酸素登頂を毎日やってるみたいなもんだから。普通の人なら気絶するよ。」と説明すると奥さんは「鳥肌もんだね。」と両腕をさすっていた。

それほど苦しい状態でもご主人はよく、昔山に狩猟に行った話をしてくれた。ベッドの周りは戦利品のはく製がところ狭しと飾られ、慣れない人なら肝試しレベルだったかもしれない。狩猟が生きがいで、この空間にいることがなによりの安らぎなんだと教えてくれた。

エベレスト無酸素登頂よりもギネスなみの神業

長い付き合いでとても信頼している専門医の先生は訪問診療をしていない。その先生のもとに受診をするというエベレスト無酸素登頂よりもギネス並みの神業を、毎月1回ご主人は続けた。他の先生(家に来てくれる先生)には変えたくないと。

ギネス並み、と私が言ってはばからない最大の理由はこの住居(兼倉庫)の構造にあった。癒し系無人倉庫の内部に設置された、これまた倉庫と相性の良い非常階段風な鉄製の階段が2階まで掛けられている。倉庫が「1階」。住居が「2階」。材木屋の倉庫だけに、その天井はかなりの高さになる。

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ということで、住居は実質「3階」くらいの高さ。「2階です」と言ったら詐欺になりそうな、思いっきり3階。非常階段風階段(ややこしいか)は天国への架け橋のように長い階段となっていた。運動不足な私が単身で昇るだけでも息が切れる。もちろんご主人は昇るどころか下りることもできない。このギネスチャレンジを可能にしたのが(私が勝手に名付けた)ガテン系介護タクシーの方たちだった。

布担架で長い階段を下りてくる

ご主人も「あの人たちはすごいよ。」「文句も言いたくなるだろうに笑顔を絶やさない。」「彼らがいなければここに住み続けることはできなかった。」といつも絶賛していた。ある時、毎月のギネス更新はどうやって実行されているのか、好奇心に駆られ受診日に覗きに行ってみた。

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癒し系倉庫の片隅でこっそり覗く怪しい看護師。さぞや不気味に映ったに違いない。愛想のいい介護タクシーの方が、気まずそうな笑顔で会釈しつつ階段を昇って行った。10分後、布担架で担がれたご主人が降りてきた。布担架とは、救急隊などの搬送でも使われる持ち手の付いた頑丈な布製の担架のこと。

前後2人で抱え上げ、長い階段を静々と降りてくる。まるでどこかの国の王家の儀式のような…。そして、両腕をプルプル震わせ、額から汗を流しつつ懸命に担架を抱えるお兄さん。

(…わぁ~、二の腕の血管浮いてる。わぁ~、汗光ってる。なのに笑顔でご主人に話しかけてる。あぁ~たのもしい。あぁ~ときめく。あぁ~カッコいい。あぁ~たぶん今5割増しで格好良く見えてる、私。あぁ~惚れてしまいそう…。)

完全に目的から脱線し、あらぬ妄想に夢心地な私をしり目にご主人は無事ストレッチャー(移動式簡易ベッド)に乗せられ、先生の待つ病院へ。私は脱線してしまった罪悪感を感じつつも、心強い彼らの存在に深々と頭を下げた。

彼らのような存在こそ縁の下の力持ち

ご主人は呼吸苦という苦痛と恐怖に立ち向かう勇気と精神力で1年以上に及ぶ在宅生活を全うし、戦利品に囲まれて、大切な日常の中で人生を終えました。

「看護師さんには何から何までお世話になりました。」と、後日奥さんに仰って頂きましたが「いえいえ。(あの5割増しでかっこよかった)介護タクシーの方々が先生の所に連れて行ってくれなければ、いくら看護師が頑張ったってお手上げでしたよ。彼らのような存在こそ縁の下の力持ちですよ。」と力説してみました。

もちろん、あの光る汗を思い出しながら…。

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著者紹介

桶田 玲子(看護師)
大学病院、介護企業、有床診療所、クリニック等を経て2002年から都内で在宅医療(訪問看護)に携わる。「一般社団法人 生活を支える看護師の会」運営メンバー。二児の母。

一般社団法人 生活を支える看護師の会 ホームページ

コラムカテゴリ

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