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介護タクシーコラム

介護家族が実感!お出かけのススメvol.2  思い出の地巡りで人生再発見!

お出かけ

空と雲

親の介護が必要になる頃、子供世代は忙しい働き盛り。時が止まったような老親の外出に付き添うって、そう簡単なことではありません。でも今年85才になる認知症の母と、母の思い出の場所を歩くと、凝り固まった心をほぐす思いがけない発見があるのです。特に今、人生真っ只中の大忙し世代と共感したい“人生再発見”について、お話しします。

思い出の場所をたどると思いがけない癒しが

心身ともに衰える高齢者にとって、外に出て歩き、人と話す機会を得ることは、とてもいい刺激です。それで盛んに「介護予防に外出を!」と叫ばれているわけですが、一方で親が高齢になる頃、子供は人生の中でもいちばん忙しい時期。私もそうでした。実家の父が急死し、認知症の母がひとりになってしまったとき、仕事は超多忙、子供は高校受験、そして私自身は更年期に差し掛かり、常にだるくてイライラしまくり。つらい絶不調の只中でした。

だから実家に帰って母を手伝うといっても、気持ちはいつも逃げ腰。認知症の不可解な言動にも翻弄されて、家に母と2人でいると猛烈に息が詰まりました。ストレスも濃縮されて一気に爆発しそうにも…。それでよく外へ出かけたのです。

不思議なもので、家では“いちいち腹のたつ厄介な母”との関係が、一歩外へ出るとガラリと変わる。例えれば外国で見ず知らずの日本人同士が親密になるように、どちらからともなく歩調を合わせる感じ。些細なわだかまりなど、広い屋外のどこかへ飛んで行ってしまう。驚くことに「年取った母を、私のほかに誰が守るか!」なんていう気にもなるものです。

公園

もっと驚いたのは、昔、よく行った公園に足を延ばしたときのこと。そこはもう半世紀近くも前、私が幼少期を過ごした街にあって、幼稚園や小学校の遠足、家族でもよく出かけた植物公園でした。私にとっても相当な昔です。見回したところで懐かしいと思えるほどの記憶はなかったのですが、それまでぼんやりしていた母が、俄然目を輝かせたのです。

「直ちゃんの幼稚園の遠足で一緒に来たわね。あそこで集合写真を撮ったでしょう」と、母は堰を切ったように話し始めました。弁当のおにぎりを入れたバスケットのことや友達の男の子が泣き出して大変だったことまで、母の語り口はまるで目の前の光景を見ているようでした。

当時私は4~5才。遠足でのエピソードはほとんど覚えていないけれど、そのバスケットのことは、聞いた途端、鮮明によみがえりました。野球ボールほど大きくてほとんど球形、海苔ですき間なくくるまれて真っ黒な母のおにぎりが、プラスチックの深型バスケットにゴロリと入っている光景。女の子のお弁当としては不格好で恥ずかしい。でもこれしかできない母がまた可笑しいなと、複雑な子供心もよみがえり、なんとも愉快な気分になりました。

おにぎり

「ママのおにぎりはいつも食べにくそうだなって、パパが言ったわね」と、母も同じ光景を思い出していたのか、面白そうに笑っていました。でもその表情の若々しいこと!当時、母は30代。そういえば私の30代も、子育てに追われていろいろうまくできなくて、よく泣き笑いしたな…。そう思うと急に気が楽になりました。日々戦いのように今を過ごしているけれど「なんだ、みんな同じ道を辿っているんだな」って。

こうして疲れた中年の娘と認知症でぼんやりした母は、超特急で半世紀をさかのぼりました。写真か何かを見て思い出話をするだけでは、きっとこのワープは起こらなかったでしょう。思い出の場所の空気は、不思議で、すごい力がありますね。

認知症の人は子供の頃の記憶も鮮明に

林道

母は認知症になって、ほんの一瞬前のことを忘れます。人の名前が思い出せないのとは違うのです。瞬間、瞬間を忘れてしまい、過去と今がつながらない。どんなに不安なことなのか、家族とはいえ想像もできません。

でも一方で、認知症の人は遠い昔、幼少期の頃のことはよく覚えていると言われています。認知症でない私たちは、ほんの一瞬前の出来事に向き合うのに精いっぱいで、昔のことなど思い出す余裕がない。案外、その裏返しなのかもしれません。事実、母は認知症になってから、よく昔の話をするようになりました。

四万温泉

連休に、母が子供の頃に学童疎開をした群馬の温泉に行ったときのことです。認知症の人に幼少期のことを思い出させ、比較的しっかり記憶が残っているのに気づくことで気持ちが落ち着く“回想療法”というのがあります。まあ、そんなつもりではなかったけれど、何となく“母のルーツ”ということにも興味があり、東京から車で程近い温泉地を目指しました。私の夫や娘は、戦時中の母の思い出など知る由もなく、久しぶりの温泉旅行に大はしゃぎでした。

旅館の住所を入れたカーナビ任せで車を走らせていると、手つかずの草木が生い茂る山道に。昼間なのに薄暗く、トワイライトゾーンに迷い込んだよう。車内も何となく静かになると、樹々の向こうに沼のような水辺が見えてきました。ナビ画面にもそれらしき水際が描かれているのですが、名称は出ていません。「あれ何?謎の沼?スケキヨが逆立ちしてる?」と娘がわざとおどけて叫ぶと、「赤谷湖よ」と突然、低い声でつぶやいたのはなんと母。

積善館

「この近くの温泉旅館に学童疎開してね、食べる物がとにかくなくて。子供たちみんなで近所の農家に食べ物をもらいに歩いたのよ。この道も歩いたの」

当時、母は10才。私にも、私の娘(大学生)にとっても遠い記憶の彼方の年齢。そこへ母はワープし、そのとき見えた情景や心境を克明に語りました。目を丸くして聞き入っていたのは娘。いつか彼女が老人になったとき、この場所に連れて来てくれる家族がいて、この車内の出来事を話して聞かせるといいなと、ふと思いました。

おすすめです!思い出の場所再訪。かつての自分が、疲れ気味の今の自分を励ましてくれますよ。

介護家族が実感!お出かけのススメvol.1 家から一歩外に出ればパラダイス! を読む

著者イラスト

著者紹介

フリーライター 斉藤 直子
雑誌、書籍の生活実用記事を取材・執筆。現在は、超高齢社会の人生最終章を元気で幸せに過ごすための実用情報を追求。小学館『女性セブン』で、認知症の実母を支援する立場から、医療、福祉、地域資源などを取材する「伴走介護」を連載中。

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