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介護タクシーコラム

介護家族が実感!お出かけのススメvol.3 タクシー散歩の醍醐味

お出かけ

空と雲

タクシーを使うなんて若い頃は贅沢の極みでした。でも家族が要介護になると、贅沢には変わりないけれど、必要に迫られる場面も増えるし、単なる移動手段より重要な役割を果たしてくれることもあります。介護は、どれだけの人を自分の味方につけられるかにかかっていると言ってもいい。私も認知症の母を支える立場になってから、ずいぶんタクシードライバーさんたちに助けられ、そのことがまた母を外に連れ出そうという力になっている気がします。

タクシー配車アプリで命拾いした夏

セミ

今年の夏も猛暑でしたね。実は母が夏の初めに帯状疱疹になりました。
帯状疱疹は免疫力の低下で起こるもので、高齢者にも多い病気です。母は、ただでさえ認知症で反応が鈍いところに、気力体力、認知機能もさらに落ちて、身近な私も不安になるほど衰弱してしまいました。徒歩圏内のクリニックまで歩かせるかどうか、大いに悩みました。普段は健脚の母の運動を兼ねた通院。でも健康な成人が熱中症でバタバタ倒れる暑さです。とはいえ、しばらく頻繁に通うことになるから費用がかさむな…と。ある日の朝、つい「歩けないわけでもなし…」と、ヨロヨロする母の手を引いてクリニックまでの道のりを歩き出しました。

街並み

ところが早々に後悔。昼前でも気温がグングン上がるのを肌で感じるほどで、私は即汗だくなのに、母は相変わらずの無表情で汗は1滴もなし。これが高齢者の怖いところです。そして私も50代。世の中では喜んで労わられる存在です。前夜遅くまで仕事をした日の朝の出動などは、体に堪える年頃なのです。そんな母娘が手を取り合って炎天下を行けばあっという間に干上がって、母の歩幅は繰り出すたびに狭くなり、スローモーションのよう。

「まずい!大通りでタクシーを拾えばよかった…」猛烈に悔やみつつ、周りを見渡すと果てしなく住宅街。クリニックはその奥にあるのです。母は明らかに動きが遅くなってきているし、このまま倒れたらどうしよう…。

配車アプリ

そこで最近、使い始めたタクシー配車アプリを使うことにしました。設定に失敗して大通りの向こう側に車が来てしまうなど、まだまだ使いこなせていないのですが、藁をもつかむ思いで。現在地を設定すると、神の助けか程なく配車され、車がこちらへ向かっているのが地図上に表示されました。母もさすがに異常な暑さを感じたのか、無言で立ちつくしています。「母も限界!早くぅ~」と心で叫ぶと、遠くにそれらしきタクシー。クラシックな形の濃紺色の車がまっしぐらにこちらへ向かって来ます。

感動的でした。見知らぬ街でよく知る人が迎えに来てくれたような…。スライドドアが開いて「お待たせしました!暑かったでしょう。どうぞお乗りください」と言われると、嬉しくて安心して、気が遠くなりそうになりました。

ドライバーさんのひと言に救われた日

押入れ

もうひとつ忘れられないのは、母が父と長年住んだ家を離れ、心機一転、サービス付き高齢者向け住宅に引っ越した時のこと。父が急死し、突然ひとりになった母は妄想が激しくなり、食事も疎かになって激やせ。部屋も掃除上手だった母の住まいとは思えないほどの荒れようで、1年ほどの間に別人のようになってしまったのです。本当につらい時期でした。

一人娘の私が、どうしたらよいか手をこまねくうちに時が過ぎてしまい、もうこれ以上は母の命が危ないと、ほとんど見切り発車の引っ越しでした。家の片づけは後回し。サ高住での新生活に必要な物だけを箱に詰めてトラックで運び、母と私はタクシーで向かうことに。親の人生を大きく変える一大事を率いているのだと思うとゾッとしました。本当は環境が変わる転居も、認知症の人にはご法度と言われていたから、清水の舞台から飛び降りるという、まさにそんな心境。母の様子を慮る余裕もなく、忙しくタクシーに乗り込みました。

JPNTAXI

ドライバーさんはちょっと年配に見えたけれど、気さくな感じのおじさん。引っ越しのことを話すと「お名残惜しいでしょう」と敷地の周りを少しゆっくり走ってくれました。 車窓というのは、歩いて見る景色とはまた違った趣がありますね。父と母がよく散歩をしていたはずの道をたどるけれど、感傷に浸る間もなくどんどん過ぎる。途中、確か母のご近所さんが散歩するのを追い越したけれど、名前を思い出す間もなく過ぎました。

やがて大きな幹線道路に出て、たくさんの車やバイクの間を走り抜けると、もう住んでいた家は遠い感じ。力強い車の走りにのっていると、さっきまでの不安が飛んでいくようでした。
聞けばドライバーのおじさんも、故郷に年老いたお母さんがひとりで暮らしているそう。心配していた母は俄然、元気になって、父に先立たれたこと、里子に出した愛犬のこと、どうも認知症らしいことなどを饒舌に話し、ドライバーさんも熱心に相づちを打ってくれました。

ひまわり

そして新居に近づいてきた時、ドライバーさんが言ってくれたのです。
「お母さん、よくがんばったなー。これからは娘さんも近くにいて幸せいっぱいだ!」 嬉しくて私は泣きそうになったけれど、母は満面の笑みでした。小一時間ばかりの旅の間に、1年余りの疲れが癒され、元気が湧いてきました。「母は大丈夫だ」と思えたのです。


思えば庶民がタクシーに乗る時は、疲れや苦悩で参っていることが多いですね。
ドライバーさんとの会話や、心地よい車内や、車窓の清々しい景色が、実はちょっとすごい癒しパワーを持っていること、最近気づきました。 この出来事の少し後、介護タクシー、UDタクシーの会社を取材して聞いた話。「タクシーは究極のホスピタリティ」「お客様との出会いは一期一会」なるほど、まさにそうですね。

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著者紹介

斉藤 直子(フリーライター)
雑誌、書籍の生活実用記事を取材・執筆。現在は、超高齢社会の人生最終章を元気で幸せに過ごすための実用情報を追求。認知症の実母を支援する立場から、医療、福祉、地域資源などを取材した小学館『女性セブン』の「伴走介護」の執筆者。

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